金太郎日記2

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平成12年7月24日 「科学と催眠」

私が「科学」を最も身近に触れたのは大学院の時でした。

毎日、研究ネタ探しで一流科学雑誌(nature, sience等)を読みあさってました。

さすがに科学の頂点を知ると「へーそうなんだ」と驚くことが多かったのですが、同時に「まだこれくらいしか解ってないんだ」とか「これくらいのことしかできないんだ」と失望することもありました。

臨床(病院での治療)でも「医学の進歩」を実感すると同時に「医学の限界」を痛感することがあります。

他の研究者(又は医者)も、一度は同じ思いをしたことがあるに違いありません。


「身体の能力」は偉大で、現代科学(医学)の最先端をもってしてもその比較にはなりません(遺伝子治療といってもコピーするか設計図の不具合を修正するに過ぎない?)。

だからといって、決して「科学、医学の進歩」を否定するつもりはありません、ただおごらず、過信せず、科学が万能ではないことを認める謙虚さが必要と言いたいのです。

遺伝子治療のように「身体能力」の不具合を修正することも大切ですが、その能力をもっと「知り」もっと「伸ばす」研究も平行して進める必要があると思います(遺伝子配列が全て解っても人間の全てを知ったことにはなりませんよね)。

ただ未知の能力に触れる場合、科学的うらづけが無いと不安、混乱、偏見等が起こりやすく、一度起こるとこの類はなかなか払拭されにくいので注意が必要です。


「催眠」についても同じことがいえると思います。

これだけ治療法として報じられても、魔術的にとらえる人がいますし(魔法のように何でもできると)、逆にその存在を否定する(信じない)人もいます。

催眠は治療法の一つとして医学書に記されており、その療法は保険診療として認められています(診療報酬表に記載)。

従って、既に「催眠」は医学(科学)界で認められているのです。


では何故、それが一般に受け入れられない(難い)のでしょう。

治療法としても(専門領域により差はありますが)根付かないのは何故でしょう。

どうして薬や手術等と同じ扱いをされないのでしょう(医学界でも「催眠」はマイナーな存在です)。

「治療効果が薄いから??」「手技が難しいから??」

それが主となる原因ではないでしょう。

科学的に十分解明されていないこと、それに伴う恐怖心が先立つことに起因すると思われます。

治療をする側(医師等)にもあるかもしれませんが、受ける側(患者さん)にその意識は強いでしょう。

催眠の歴史は古いのですが、今でも多くの部分が謎とされています。

「催眠」を少しかじった「ひよっこ」が偉そうなことを書きますが、「催眠状態」は身体能力を効率よく発揮しうる状態の一つで、多くの可能性を秘めていると私は推測しています(根拠はありませんがその可能性は十分あると思います)。

多くの研究者が「催眠」に期待を寄せたあげく失望していったかもしれません、でも「催眠」でなければ解決できないことがあるのは事実です(未だに知りえない事も含めて)。

盲信的になるのは危険ですが、その有用性はもっと評価されていいはずです。


某宗教団体のお陰(?)で、「マインドコントロール」という言葉が社会一般に知れわたるようになりました。

「催眠」をこの「マインドコントロール」の道具、手段として理解している人がいるかもしれません。

そのため無意識に「悪」、「恐怖」を感じ、封じ込めようとしているのかもしれません。

でもそれは無意味なことです。

私も勉強するまでは気付きませんでしたが、この「催眠」に類似した「手段」「技法」は社会にあふれています。

そうとは知らず私たちは意識することなく生活しています(当事者が知らなかったりすることも)。

ですから「催眠」だけを封じ込めるのは意味がなく、類似した「手段」「技法」を全て無くすのはほぼ不可能といえるでしょう。

ですから排除するのではなく、みんながその危険性、有用性を正しく理解することが大切なのです。

「催眠」は便利な道具(手段)と思います、「お酒」や「刃物」とある意味で同じではないでしょうか、、どれも使い方次第ですよ。


現在、「催眠」は非常に神経質に、真面目に扱われています(はれものに触るよう)。

これは誤解、偏見の増大に対しての懸念からくるものでしょう。

でも、、、、「催眠」はもう少し楽しくても良いと思います。


いつか「催眠」も一般的な道具となり、気づかいなく扱われる日がくることを私は願います。

平成12年7月24日  金太郎クリニック  四宮 義浩
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